救いについて

聖書が教える救い

十字架

救いとは新しく生まれ、キリストの命によって生きることです。


聖書が与える救いとは?


キリスト教でいう「救い」は、単に問題を抱えて困っている人に解決を与えるという意味ではありません。(もちろんそれも含まれますが…)もしそうなら、「救い」を必要としているのは、病気の人、貧しい人、行き詰まっている人だけなのだということになります。 

聖書によれば、すべての人が「救い」を必要としています。まったく順調に人生を謳歌している人でさえ、救われる必要があるというのです。人間は生まれながらに罪を持っています。これを『原罪』とよびます。聖書のいう「罪」は、単に法律を犯すことを意味しません。たとえ法律では罪に定められなくても、人を憎んだり、ねたんだり、貶めたり、欺いたりする心を、聖書は「罪」と言っているのです。神様は聖なるお方で、どんな罪とも共にいることができないのです。心から「罪」を取り去るとき、人は神様と共に生きることができ、そのとき初めて、人生の本当の喜びと平安を体験するのです。
それがキリスト教のいう「救い」なのです。 

神様は、人間を救うために人の姿となって地上に来られました。それがイエス・キリストです。一点の罪も持たない神であるイエスが、人間に代わって罰を受けることによって、人間の罪をとりのぞくことが可能となったのです。人はただ、イエス・キリストを神、救い主と信じ、告白することによって無償で救いを受けることができるようになったのです。

「救われる」ということを聖書では、「聖霊を受ける」、「永遠の命を受ける」、「新しく生まれる」という言い方をしています。すべて同じことをを意味しています。 聖書は、神を呼び求め救いを受ける簡単な方法を示しています

「主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。」(旧約聖書 ヨエル3:5)

イエス・キリストを神、救い主と信じ、告白し、神様の御名を呼ぶことによって、誰でも救いを体験することができるのです。 


癒やし


「教会で癒されるのは、心だけでしょ?」 そうでしょうか?聖書は、わたしたちの肉体と霊魂とが健全であることを祈り求めるように勧めています。 聖書の癒しは、心の癒しだけでなく、肉体の癒しについても約束しているのです。 

聖書の中には、科学的には信じがたい癒しの奇跡がたくさん記されています。 中には、奇跡の記事さえなければ聖書の教えはもっと受け入れやすいのに…という人もいます。

けれども、人間の創造者である神様にとっては、人間の体を癒すことは簡単なことなのです。 わたしたちは、神様が今も聖書の時代と同じように生き、働いて、心と体の健康を与えてくださると信じています。

ですから、積極的に癒しを求めて祈ります。聖書の中では、キリストやその弟子たちが病人の上に「手を置いて」祈っています。また、初期の教会の人々が、イエス・キリストの名によって祈っています。ですから、牧師はしばしば病人に手を置き、イエス・キリストの名によって癒しを祈るのです。 


清くなる


人間はみんな罪をもっています。初めから清い人などいないのです。神様は、わたしたちがまだ罪人のときに、わたしたちを愛して下さったのです。ありのままの姿のあなたを、神様は受け入れ、愛してくださいます。わたしたちが修行し、努力し、ましな人間になったから愛して下さるのではないのです。

では、いつまでも罪人として罪を犯し続けてもいいということなんでしょうか?イエス・キリストを心に迎え、新しく生まれたとき、わたしたちはもはや自分の命によってではなく、キリストのいのちで生きることを実感します。自分を通して、キリストが今を生きてくださる!そのことを体験したとき、自然に、「このようなとき、キリストならどうされるだろうか?」と考えるようになります。それは「努力目標」ではなく、「救いの結果」なんですね。 

そのような経験を積み重ねていくことによって、次第にキリストの品性を身に着けていくようになるのです。わたしたちはそのことを「もう一人のキリスト(Another Christ)となる」といいます。これがキリストの十字架の救いの究極の目的なのです。 

「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである」 (ペトロの手紙1 1:16)


神の救いの計画


イエスキリストの十字架と復活の「福音」によって、 救いが人類にもたらされました。 人類は、神様との愛に満ちた関係を回復することができるようになったのです。 

聖書によれば、さらに神様と人類が、かつてエデンの園でもっていたような関係を取り戻し、 自然の調和を取り戻すことが、書かれています。 それは、まだ今は実現していませんが、やがて実現する「希望」なのです。 わたしたちは、その希望を決して失いません。

聖書は、キリストがやがて地上に再び来られることを繰り返し預言しています。 それを「キリストの再臨」と呼びます。それがいつなのか、どのように起こるのかは詳しくわかりません。 けれどもいくつかのヒントがあります。

聖書は、キリストの再臨の鍵となるのが、イスラエル民族の救いだと言っています。キリスト教会は2000年にわたり、ユダヤ人を「キリスト殺し」として迫害してきました。 それは、教会が犯してきた最大の過ちでした。 ですから、いまでも多くのユダヤ民族は十字架を嫌っています。 けれどもやがて、キリスト教会がキリストの愛を本当の意味で身に着けたとき、 イスラエル民族の固い心が愛で溶かされるときがくるのです。 そして、イスラエル民族とわたしたちとが共に救われて、メシアを待望するとき、 キリストは再び来られ、世界に恒久の平和が実現するのです。

わたしたち福音教会は、そのために希望をもって祈り続けています。 

福音教会の信仰

福音教会は、プロテスタント系のキリスト教会です。聖書を誤りなき神の言葉と信じる、福音主義の立場を基盤としています。